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最終更新日:
2026-09-18

体外受精の説明を受けて点鼻薬を渡されたあと、使い方を調べてみて戸惑った方もいるのではないでしょうか。「前の周期から毎日使う」と書かれているサイトもあれば、「採卵の直前に2回だけ使う」と書かれているサイトもあります。同じ薬なのに、説明がまったく違うのです。

これは、どちらかが間違っているわけではありません。点鼻薬は、卵巣刺激の方法(プロトコル)によって役割が正反対に変わる薬です。排卵を抑えるために使うこともあれば、逆に排卵のスイッチを入れるために使うこともあります。

この記事では、まず「自分はどの使い方に当てはまるのか」を整理し、そのうえで、なぜ同じ薬でこれほど違う使い方ができるのかという仕組みを解説します。

体外受精で使う点鼻薬とは

体外受精で使われる点鼻薬は、GnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)アゴニストという種類の薬です。日本ではブセレリン点鼻液やスプレキュア点鼻液が該当します。

鼻の粘膜から吸収され、脳の下垂体という部分に作用します。下垂体は、卵巣に指令を出すホルモン(LHとFSH)を分泌する場所です。点鼻薬はこの司令塔に働きかけることで、排卵のタイミングをコントロールします。

なお、卵胞そのものを育てる働きはありません。卵胞を育てるのは注射や内服の排卵誘発剤の役割で、点鼻薬はあくまで排卵のタイミングを調整する薬です。

まずは使い方を整理|プロトコル別の早見表

点鼻薬の使い方は、大きく分けて3通りあります。ご自身がどれに当てはまるかを確認してください。

ロング法 ショート法 アンタゴニスト法
点鼻薬を使う目的 排卵を抑える 卵胞の発育を助ける+排卵を抑える 卵子の最終成熟を促す(トリガー)
使い始める時期 採卵する周期の前の周期、排卵の約1週間後から 採卵する周期の月経1〜2日目から 採卵の直前のみ
使う期間 採卵の2日前まで毎日 採卵の2日前まで毎日 1日のみ
1日の回数 1日2〜3回(指示による) 1日2〜3回(指示による) 採卵の34〜36時間前に1〜2回
排卵を抑える方法 点鼻薬 点鼻薬 注射(GnRHアンタゴニスト)

ここで押さえておいていただきたい原則があります。点鼻薬を毎日使って排卵を抑えている周期では、点鼻薬をトリガーには使えません。 逆に、点鼻薬をトリガーに使う周期では、排卵を抑えるのは注射の役割です。

つまり、同じ周期のなかで「毎日使う」と「直前に1日だけ使う」の両方が起こることはありません。ご自身がどちらの使い方をするのかは、卵巣刺激の方法によって最初から決まっています。

プロトコル別の使い方

卵巣刺激のプロトコル別の使い方
卵巣刺激のプロトコル別の使い方

ロング法:前の周期から毎日使う

採卵する周期の、ひとつ前の周期から点鼻薬を始めます。開始時期は排卵のおよそ1週間後(月経開始予定の1週間ほど前)が目安です。

そこから採卵の2日前まで、毎日決まった時間に使い続けます。使用期間は2〜3週間程度になります。点鼻薬を始めてしばらくすると月経が来ますが、月経が来ても点鼻薬は中止しません。月経開始から数日後に、卵胞を育てる注射が加わります。

排卵を抑える効果が最も確実な方法とされており、卵巣の予備能が保たれている方に選ばれることが多い方法です。

ショート法:採卵する周期の月経初日から毎日使う

採卵する周期の月経1〜2日目から点鼻薬を始め、採卵の2日前まで毎日使います。月経3日目頃から、卵胞を育てる注射が加わります。

ロング法と比べて使用期間が短いため「ショート法」と呼ばれます。

この方法では、点鼻薬に2つの役割があります。使い始めの数日間は卵胞の発育を後押しし、そのあとは排卵を抑える働きに切り替わります。理由は後の「仕組み」のセクションで説明します。

卵巣の反応が弱めの方に選ばれることが多い方法です。

アンタゴニスト法:採卵の直前に1日だけ使う

この方法では、排卵を抑えるのは点鼻薬ではなく、GnRHアンタゴニストという別の種類の注射です。点鼻薬は、卵胞が十分に育ったあと、採卵の直前に1日だけ使います。

採卵のおよそ34〜36時間前に、左右の鼻に1噴霧ずつを1回として、2回使用するのが一般的です(回数は施設や状況によって調整されます)。この1日の使用で卵子の最終的な成熟が進み、採卵に備えた状態になります。

この使い方には大きな利点があります。従来トリガーとして使われてきたhCG注射と比べて、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の発症と重症化を抑えられることが、ガイドラインでも示されています2)。卵胞がたくさん育っている方など、OHSSのリスクが高いと予想される場合には、この方法が選ばれます。

そのほか:移植前に長期間使う場合

子宮内膜症や子宮腺筋症を合併している方では、移植の準備として、数か月にわたって点鼻薬を使うことがあります。ウルトラロング法と呼ばれる方法です。

この場合の目的は排卵の調整ではなく、病巣の活動を抑えて着床しやすい環境を整えることにあります。すべての方に行う方法ではなく、子宮の状態に応じて検討されます。

なぜ同じ薬で正反対のことができるのか

ここからは仕組みの説明です。使い方だけ知っていれば治療は進められますので、必要に応じてお読みください。

使い始めは「アクセル」、使い続けると「ブレーキ」

点鼻薬を使うと、下垂体はまず刺激を受けて、LHとFSHの分泌を一時的に増やします。これをフレアアップと呼びます。使い始めの数日間に起こる現象です。

ところが、この刺激が続くと下垂体の側に変化が起こります。刺激を受け取る窓口(受容体)の数が減り、だんだん反応しなくなっていくのです。これをダウンレギュレーションと呼びます。こうなると、LHとFSHの分泌は強く抑えられた状態になります。

つまり点鼻薬は、使い始めはアクセルとして働き、使い続けるとブレーキに変わる薬です。この性質を、目的に応じて使い分けています。

3つの方法を仕組みから見直す

アンタゴニスト法でトリガーに使う場合は、アクセルの部分だけを利用します。1日使えばLHが急激に増え、それが卵子の最終成熟を促します。体が本来起こすLHサージを、薬で再現しているとお考えください。ブレーキに変わる前に役目を終えるため、1日の使用で済みます。

ロング法は、ブレーキの部分だけを利用します。採卵する周期に入る前から使い始めることで、卵胞を育て始める頃にはすでにダウンレギュレーションが完成しています。この状態なら、卵胞が大きく育っても勝手に排卵してしまうことがありません。前の周期から始めるのは、ブレーキが効くまでに時間がかかるためです。

ショート法は、アクセルとブレーキの両方を利用します。月経の初め頃は、体が自然に卵胞を育て始める時期です。このタイミングでフレアアップを起こすと、自分のホルモンも動員して卵胞の発育を後押しできます。そのあとダウンレギュレーションが効いてくるので、採卵まで排卵を抑えられます。卵巣の反応が弱めの方に選ばれるのは、この後押しの効果を期待してのことです。

同じ薬でありながら開始時期がまったく違うのは、アクセルとブレーキのどちらを、いつ使いたいかが異なるためです。

点鼻薬の正しい使い方と保管方法

ブセレリン点鼻薬の使い方
ブセレリン点鼻薬の使い方

点鼻薬を使う前に、鼻をかんで通りをよくしておきましょう。

頭をやや前に傾け、噴霧器を鼻腔にまっすぐ入れます。鼻から息を吸いながら一気に噴霧し、もう片方の鼻腔にも同じように行います。噴霧したあとは頭を後ろに傾け、鼻で静かに呼吸すると、薬液が鼻の奥まで行き渡りやすくなります。

使用後はノズルの先端を清潔に拭き取り、キャップをしっかり閉めてください。

保管は、直射日光と湿気を避け、1〜30℃の室温で行います。お子さんの手の届かない場所に置いてください。

指示された用法・用量を守り、自己判断で中止したり量を変えたりしないようにしましょう。

よくあるトラブルと注意点

使い忘れた・時間がずれてしまった

気づいた時点で自己判断せず、医師または薬剤師に相談してください。2回分をまとめて使うことは避けてください。

特に注意が必要なのは、トリガーとして使う場合です。採卵の時刻から逆算して使用時刻が決められているため、時間が大きくずれると採卵に影響します。使い忘れや時間のずれに気づいたら、すぐに連絡してください。

毎日使うタイプの場合も、抑える効果が途切れると予定より早く排卵してしまう可能性があります。1回抜けたことにすぐ気づいた場合と、数回抜けてしまった場合とでは対応が変わりますので、確認してください。

噴霧がうまくできたかどうか分からない場合も、自己判断で追加せず、医療機関に確認するのが安心です。

多く使ってしまった・気分が悪い

決められた回数より多く使ってしまった場合や、体調の変化を感じた場合は、自己判断せず医師または薬剤師に相談してください。

点鼻薬を使う期間中は、卵巣が薬で刺激されている状態でもあります。下腹部の痛みやお腹の張り、吐き気、急激な体重増加といった症状がみられた場合は、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の可能性があるため、すぐに医師に相談してください。

点鼻薬をトリガーに使う方法はOHSSのリスクを抑えられるとされていますが2)、可能性がゼロになるわけではありません。

鼻炎や花粉症のとき

鼻づまりがあると薬が十分に吸収されない可能性があります。鼻炎の薬を使っている方、花粉症の時期に治療を受ける方は、あらかじめ医師に伝えておいてください。

体外受精の点鼻薬に関するよくある質問

Q:点鼻薬を使っていても排卵してしまうことはありますか?

A:毎日正しく使えている場合、排卵してしまう可能性は低くなります。点鼻薬によって排卵の引き金となるLHの分泌が抑えられているためです。卵胞が育ってきておりものが増えても、そのことが排卵の兆候とは限りません。

ただし、使い忘れが続いた場合や、使い方が適切でなかった場合には、抑えが効かなくなることがあります。通院のたびに超音波検査と血液検査で状態を確認しますので、気になることがあれば診察時にお伝えください。

Q:ブセレリン点鼻薬は移植前にも使いますか?

A:子宮内膜症や子宮腺筋症を合併している場合に、移植前の準備として使うことがあります。病巣の活動を抑え、着床しやすい環境を整えることが目的です。そのうえで、ホルモン補充療法で子宮内膜を整え、凍結した胚を移植する流れになります。

すべての方に行う方法ではありません。子宮の状態に応じて検討されます。

Q:人工授精でも点鼻薬を使うことはありますか?

A:あります。人工授精の日に合わせて確実に排卵を起こす目的で、hCG注射の代わりに点鼻薬がトリガーとして使われることがあります。

体外受精のように連日使うのではなく、排卵のタイミングを合わせるための1回の使用です。

なお、尿中のLHの変化から排卵日を予測する方法と比べて、妊娠率に大きな差はないとされています3)

Q:点鼻薬で副作用はありますか?

A:使い続ける方法では、女性ホルモンが抑えられることにより、ほてりやのぼせ、頭痛、気分の変化といった更年期に似た症状が出ることがあります。多くは一時的で、点鼻薬を終了すると軽快します。

鼻の刺激感や不快感を感じる方もいます。日常生活に支障が出るほどつらい場合は、我慢せずに相談してください。

院長からのメッセージ

点鼻薬について外来でよく聞かれるのが、「調べたら自分と違うことが書いてあって不安になりました」というご相談です。無理もありません。同じ薬なのに、毎日使う方と、採卵の直前に1回だけ使う方がいるのですから。

この薬は、使い始めた直後と使い続けたあとで、働きが正反対になります。最初は排卵を促す方向に、続けると排卵を抑える方向に作用します。この性質を利用して、目的に応じて使い方を変えているのです。ですから、どの使い方が優れているという話ではなく、卵巣刺激の方法とセットで決まるものだとお考えください。

当院では、OHSSのリスクを抑える観点から、点鼻薬をトリガーとして使う方法を標準としています。この場合、点鼻薬を使うのは採卵の前の1日だけです。「毎日使うと聞いていたのに」と思われた方は、この違いによるものです。

ひとつだけお願いがあります。トリガーとして使う場合、使用時刻は採卵の時間から逆算して決めています。ここがずれると、せっかく育った卵子が十分に成熟しないまま採卵を迎えることになりかねません。使い忘れや大幅な時間のずれに気づいたら、迷わずご連絡ください。

使い方に少しでも不安があれば、診察のときに実際にやってみせていただいても構いません。確認してから帰っていただくほうが、お互いに安心です。

参考文献

1)独立行政法人医薬品医療機器総合機構. 患者向医薬品ガイド ブセレリン点鼻液0.15%「F」.2022年12月更新.
https://www.info.pmda.go.jp/downfiles/guide/ph/670109_2499701R1095_1_01G.pdf

2)一般社団法人日本生殖医学会編. 生殖医療ガイドライン. CQ15:生殖補助医療に伴う卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の発症や重症化の予防は?

3)日本産婦人科医会. (2)一般不妊治療. 日本産婦人科医会ウェブサイト
https://www.jaog.or.jp/note/%EF%BC%882%EF%BC%89%E4%B8%80%E8%88%AC%E4%B8%8D%E5%A6%8A%E6%B2%BB%E7%99%82/