人工授精(AIH)

精子の「到達」をサポートし、可能性を広げる。

不妊治療を山登りに例えるなら、人工授精(AIH)は「五合目まで車で送ってあげる」ような治療です。山頂に卵子がいるとして、自力で山のふもとから登るのが通常の性交渉だとすると、五合目まで連れて行ってあげるよ、そこから先は自分で登ってね、というのが人工授精です。

子宮まで精子を届けてあげることで、子宮の入り口(頸管)などの難所をショートカットできる上に卵子までの距離が近づくため、受精できる確率が高まります。しかし、子宮から先、卵子の待つ場所までは、精子自身の力で泳いでいく必要があるため、精子がとても少なかったり動きが悪い場合には、その先のステップが必要となります。

人工授精(AIH)の医学的メリット

人工授精では、採取した精液をそのまま使うのではなく、医学的な処理を加えることで確率を高めます。

  1. 精子の濃縮・洗浄: 培養液で洗浄・遠心分離を行い、運動率の悪い精子や雑菌を取り除き、元気な精子だけを濃縮します。
  2. バリアの通過: 子宮の入り口(頸管)は雑菌などの侵入を防ぐために異物が入りづらいような構造になっていますが、排卵の前後のみ精子の通過を助ける粘液が分泌されます。この粘液が少ない場合や、精子が入りにくい体質の場合でも、カテーテルでそのバリアをバイパスして直接子宮内に届けられます。
  3. 確実性: 性交障害(ED、射精障害)や性交痛がある場合でも、確実に精子を子宮内に送ることができます。

適応となるケース

  • 軽度の男性不妊: 精子の数が少なめ、運動率が少し低い方。
  • 頸管因子: 子宮の入り口の粘液が少なく、精子が通過しにくい方。
  • 性交障害: 物理的・心理的な理由で性交渉が難しい方。
  • タイミング療法不成功: 排卵や卵管に問題がないにも関わらず、妊娠に至らない場合。

当院で使用する主な薬剤

人工授精の成功率を高めるためには、排卵のタイミングを正確にコントロールし、質の良い卵子を育てることが重要です。当院では以下の薬剤を適切に使用します。

1. 卵子を育てるお薬(排卵誘発剤)

自然周期(薬を使わない方法)で行うこともありますが、排卵障害がある場合や、妊娠率を高めたい場合には排卵誘発剤を使用します。

薬剤名 特徴
フェマーラ (レトロゾール) 【飲み薬】 単一卵胞発育を起こしやすく、クロミッドに比べて子宮内膜が薄くなったり頸管粘液が減少したりしにくいため、当院では第一選択として使用することが多いお薬です。
クロミッド 【飲み薬】 歴史のある排卵誘発剤です。効果は確実ですが、長く使い続けると子宮内膜が薄くなるなどの副作用が出ることがあるため、使用期間に注意しながら処方します。
ゴナールエフ hMG/FSH 【注射】 飲み薬だけでは卵胞が育ちにくい場合などに使用するホルモン注射です。直接卵巣に働きかけ、卵胞の発育を強力にサポートします。自己注射ペンタイプなどもあり、通院負担を減らすことも可能です。

2. 排卵を確実に起こすお薬(トリガー)

人工授精の実施日時に合わせて確実に排卵させるために使用します。これにより、精子と卵子が出会う確率を最大化します。

薬剤名 特徴
オビドレル 【注射】 hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)製剤です。投与から約36〜40時間後に排卵が起こるため、人工授精の実施時間を逆算して使用します。
スプレキュア (ブセレリン) 【点鼻薬】 GnRHアゴニスト製剤です。鼻にシュッとスプレーすることで、脳下垂体からLH(黄体形成ホルモン)を一気に放出させ(フレアアップ)、排卵を促します。

治療の流れ

当院では、精液の採取は「ご自宅での採取・持ち込み」としています。リラックスできる環境で採取していただくことは良い結果につながります。精子は温度変化に敏感なので、人肌程度に保温して運ぶようにしてください。ご希望の方には保温器などもご案内しています。

Step 項目 内容
Step 1 排卵日の特定 タイミング療法と同様に、超音波検査で排卵日を正確に予測し、人工授精を行う日時を決定します。必要に応じて排卵誘発剤を使用します。
Step 2 精液の採取・持込 当日、ご自宅で専用容器に採取し、2時間以内を目安にクリニックへお持ち込みください(人肌に保温)。
Step 3 精子の調整 (院内ラボ) 培養士が精液を洗浄・濃縮します(所要時間:約45〜60分)。 不純物を取り除き、運動良好な精子を集めます。
Step 4 注入(AIH) 内診台にて、柔らかい専用カテーテルを用いて子宮内に精子を注入します。 痛みはほとんどなく、1〜2分で終了します。
Step 5 帰宅 すぐにお帰りいただけます。当日は普段通りの生活を送っていただいて構いません。

人工授精で結果を出すために

人工授精の1回あたりの妊娠率は約5〜10%程度ですが、回数を重ねることで累積の妊娠率は上がっていきます。

一般的には「妊娠される方の多くは、4〜6回目までに結果が出ている」というデータがあり、6回を目安にステップアップを検討するのが標準的です。

ただし、年齢が若い方(35歳未満など)や原因不明不妊の方においては、6回を超えて(7〜9回程度まで)治療を継続することで、累積妊娠率がさらに上昇するという報告(※)もあります。

「6回やったら終わり」と機械的に決めるのではなく、患者様の年齢や卵巣予備能、ご希望を考慮しながら、最適な回数を個別に判断していきます。

※出典:Custers et al., 2008など

それでも結果が出ない場合は、山頂(卵巣)から卵子をふもと(体外)に降ろしてきて、確実に出会わせてあげる「体外受精」へのステップアップが有効な選択肢となります。

上條 慎太郎
ORINAS ART CLINIC 理事長・院長

「あと少しの距離」を縮めるだけで、結果が変わることがあります。

人工授精は、タイミング療法と体外受精の中間に位置する治療です。

山登りで言えば、五合目までのショートカット。もし「ふもとでの消耗や障害(精子の数不足や子宮頸管通過障害など)」が原因でたどり着けていなかったのなら、このサポートだけでスムーズに妊娠に至ることがあります。

まずはこの治療に期待を持って、数回しっかりとトライしてみましょう。

もしそれでも難しかったとしても、大丈夫です。私たちには、卵子を迎えに行って確実に出会わせてあげる「体外受精」という技術があります。

一番もったいないのは、効果が薄れてきた治療を漫然と続け、妊娠しやすい「時期」を逃してしまうことです。

私たちは、今できる治療に全力を尽くしつつ、もしもの時のための「次の地図」も常に用意しています。安心してついてきてください。

ORINAS ART CLINIC 理事長・院長

上條 慎太郎