最終更新日:
2026-03-10

精液検査の結果で「運動率が低い」と指摘されると、妊娠できるのかと不安を感じる方は少なくありません。精子の運動率は、精子が卵子にたどり着く力を示す指標のひとつで、妊娠の可能性を考えるうえで重要です。

ただし、運動率の数値だけで妊娠の可否が決まるわけではなく、精液量や精子濃度などとあわせて総合的に評価されます。

この記事では、精子の運動率の意味や基準値の見方、妊娠への影響、低下の原因と改善のためにできることについてわかりやすく解説します。

精子の運動率とは?

精子の運動率とは、採取した精液に含まれる全精子のうち、動いている精子が占める割合のことで、精液検査における主要な測定項目のひとつです。

精液検査の評価には、「総運動率」と「前進運動率」の2つの指標が使われます。

  • 総運動率:動きの方向や速さにかかわらず、動いているすべての精子を対象にしたもの
  • 前進運動率:活発に前方へ直線的に進む精子だけを対象にしたもの

精子運動率の基準値と検査結果の見方

総運動率は42%以上、前進運動率は30%以上が正常範囲です。

その他、WHOの精液検査マニュアルでは、以下の基準値が示されています1)。これは自然妊娠をした方の下位5パーセントの数値で、自然妊娠が期待できる下限の目安です。

検査項目  基準値
精液量 1.4mL以上
精子濃度 1,600万/mL以上
総精子数 3,900万/射精以上
総運動率 42%以上
前進運動率 30%以上
正常形態率 4%以上
精子生存率 54%以上

精液検査では、これらの数値を個別に評価するだけでなく、精液量・精子濃度・運動率を組み合わせた「総運動精子数」も重要視されます。

総運動精子数とは、1回の射精に含まれる運動している精子の総数を示すもので、自然妊娠や人工授精の可能性を考える際の参考になる指標のひとつです。

1つの項目が基準値を下回っていても、すぐに不妊と判断されるわけではありません。検査で基準を下回る項目がある場合は、より詳細な検査が実施されることもあります。

精子の運動能力を示す4つの分類

精子の運動性は、動き方によって以下の4つに分類されます1)

精子の動き方 詳細
高速前進運動精子 速く直線的に前進する精子
低速前進運動精子 前進するが速度が遅い精子
非前進運動精子 動くが前進しない精子
不動精子 動かない精子

精液検査では、これらの分類をもとに運動率が算出されます。

前進運動率は「高速前進運動精子」と「低速前進運動精子」を合わせた割合、総運動率は不動精子を除いたすべての精子の割合を示します。

検査結果を見る際は、どの数値が記載されているかを確認しましょう。

精子の運動率が低いことによる妊娠への影響

精子の運動率が低いと、精子が卵子までたどり着きにくく、妊活を繰り返しても妊娠できるまでに時間がかかる可能性があります。

特に運動率が基準(42%)を下回る状態は精子無力症とよばれ、不妊の原因のひとつとされています。

ただし、運動率の数値だけで妊娠の可否が決まるわけではありません。運動率が低くても、ほかの精液所見が保たれている場合には妊娠に至るケースもあります。

実際の評価では、精液量・精子濃度・運動率をかけ合わせた「総運動精子数」がより重視されます。

総運動精子数は「精液量 × 精子濃度 × 運動率」で計算される指標で、1回の射精に含まれる運動している精子の総数を示します。

運動率が低くても精液量や濃度が十分であれば総運動精子数が保たれている場合もあります。反対に、運動率以外の数値もあわせて低い場合は不妊のリスクが高まる可能性があるため、必要に応じて医療機関への相談を検討しましょう。

精子の運動率が低くなる主な原因

精子の運動率が低くなる原因には、医学的な要因の他、生活習慣が影響している場合もあります。

ここでは、主な原因について解説します。

精索静脈瘤などの医学的な要因

運動率の低下には、医学的な原因が関わっている場合もあります。

医学的な原因の中で、最も頻度が高い原因のひとつが精索静脈瘤です。精索内の静脈がこぶ状に拡張する病気で、男性不妊の原因として最も多い疾患のひとつで、男性不妊の約30〜40%に関係しているとも報告されています。

静脈血が逆流することで血液の流れが悪くなり、精巣温度の上昇や低酸素状態などが持続することで精子の数や運動率の低下を引き起こすことがあります。治療としては、手術で逆流している静脈を結紮・切断することによって、精子所見が改善することが期待されます。

加齢

精子の質は、加齢とともにゆるやかに低下していきます。一般的に、35歳前後から精液量の減少や運動率の低下がみられるようになるといわれています。

ただし、加齢による影響には個人差が大きく、年齢だけでは精子の質は判断できません。

不規則な生活習慣

喫煙や過度な飲酒、肥満などの生活習慣は、精子の数や運動率の低下に関係することが指摘されています。

また、睡眠不足や運動不足もホルモンバランスに影響し、精子の質に影響を与える可能性があります。

高温環境

精巣は体温より2〜3度低い環境で正常に機能するため、高温にさらされると精子の形成に影響する可能性があります。

精巣の温度が上昇すると、精子が動くために必要なエネルギーをつくるミトコンドリアの働きが低下し、運動率が大きく下がる可能性があります。

長時間の入浴やサウナ、ノートパソコンを膝の上で使う習慣なども精巣温度を上げる原因になるため、日常的に注意が必要です。

ストレス

精神的なストレスが続くと、男性ホルモン(テストステロン)の分泌が低下し、精子の形成に影響する可能性があります。こうした変化が、精子の数や運動率に影響する場合があります。

精子運動率を上げるためにできること

精子の運動率は、生活習慣の見直しによって改善できる可能性があります。禁煙や節酒、適度な運動、十分な睡眠といった基本的な生活習慣を整えることが重要です。

また、精巣は体温より低い環境で正常に働くため、長時間の入浴やサウナ、ノートパソコンを膝の上で使用する習慣など、精巣を高温にさらす行動を控えることも大切です。

なお、精子は約70〜80日かけてつくられるため、生活習慣の改善による変化が検査結果に反映されるまでにはある程度の時間がかかる可能性があります。

男性の妊活については、以下の記事をご覧ください。

医療機関を受診する目安

不妊に関する受診の目安としては、定期的な性生活を送っていても1年以上妊娠しない場合が一般的とされています。

ただし、女性パートナーの年齢が35歳以上の場合は6か月、40歳以上の場合はより早めの受診が検討されます。また、男性側に精巣の手術歴や精液検査の異常がある場合は、期間にかかわらず早めに相談することが勧められることもあります。

精子の状態はその日の体調などによって変化することがあるため、精液検査では2〜4週間程度の間隔をあけて複数回検査を行い、総合的に評価することが一般的です。

不妊治療の選択肢

検査の結果、運動率が低い場合には、精液所見や総運動精子数をもとに治療方針が検討されます。

主な治療の選択肢としては、人工授精、体外受精、顕微授精(ICSI)などがあります。どの治療法が適しているかは、精液検査の結果やパートナーの年齢、妊活期間などを踏まえて総合的に判断されます。

精子の運動率に関するよくある質問

精子の運動率に関するよくある質問に回答します。

自転車やバイクは精子の運動率に影響しますか?

長時間にわたって座り続ける自転車やバイクの運転は、精巣温度を上昇させる可能性があり、精子の運動率に影響する可能性が指摘されています。

また、サドルによって会陰部の神経や血管が圧迫され続けることで、勃起機能に関わる神経や血流に影響を及ぼす可能性も報告されています。

直接的に運動率へ影響するとは限りませんが、妊活中は長時間の連続使用を避けるなどの工夫が勧められることがあります。

精子の運動率を調べるために自宅で検査キットを使っても良いですか?

自宅用検査キットは、プライバシーを守りながら手軽に検査できるため、病院への受診に抵抗がある方や、妊活の第一歩としてのスクリーニングとして活用できます。

ただし、あくまで簡易検査であり、医療機関で行う精液検査の完全な代わりにはならない点に注意が必要です。

精子運動率が低いと、人工授精はできないのですか?

運動率が低くても、人工授精ができないわけではありません。

人工授精では、採取した精液を洗浄・濃縮する処理を行い、運動性のよい精子を選別して使用します。そのため、精液検査で運動率が低い場合でも、総運動精子数が一定程度保たれていれば人工授精が行われることがあります。

一方で、濃縮しても総運動精子数が少ない場合には、妊娠率を考慮して体外受精や顕微授精(ICSI)へのステップアップが検討されることもあります。治療方針は運動率だけでなく、精子の数や量、パートナーの年齢などを含めて総合的に判断されます。

院長からのメッセージ

精液検査で「運動率が低い」と言われると、それだけで妊娠できないのではと、強い不安を感じる方が多くいらっしゃいます。この数値が持つ意味をきちんと理解することは、その不安を和らげ、適切な次のステップを踏み出すためにとても大切なことです。

精子の運動率は、確かに妊娠を左右する重要な指標のひとつです。ただし、運動率の数値だけで妊娠の可否が決まるわけではありません。記事にもあるとおり、実際の診断では精液量・精子濃度・運動率を掛け合わせた「総運動精子数」が中心的な評価指標となります。この数値が保たれていれば、運動率が基準をやや下回っていても人工授精などの選択肢が十分に検討できます。逆に、運動率だけでなく濃度や量も低い場合には、より専門的な精密検査が必要になることもあります。

精索静脈瘤のような医学的な要因が見つかった場合は、手術によって精子の質が改善するケースもあります。一方、加齢や生活習慣が影響しているケースでは、禁煙・節酒・睡眠改善など日常生活の見直しが精子の質に変化をもたらす可能性があります。精子は形成に約74日かかるため、こうした取り組みの効果が検査結果に現れるまでには2〜3か月ほどの時間がかかります。焦らず、継続して取り組んでいただくことが大切です。

精液検査の結果に不安を感じたときは、まず担当医に結果の意味をていねいに聞いてみてください。数字だけでなく、検査全体の結果を踏まえた上で、あなたとパートナーにとって最善の選択肢を一緒に考えていきましょう。

参考文献

1)WHO(世界保健機関).WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen Sixth Edition.P38,227
日本生殖医学会
2024年度版男性不妊症診療ガイドライン